【日吉祐樹×田中浩陽】無職転生 第1章 幼年期

日吉祐樹さん(30代後半):IT企業勤務。一児の父。主人公の欠点に自分を重ねる共感派。

田中浩陽さん(40代前半):独身の自由人。連載初期からのファン。親世代の視点も持つ。

日吉さん:改めてプロローグから読み返してみると、34歳で家を追われる主人公の独白が、以前よりずっと重く響きました。一児の父として家庭を守る立場になると、彼が失ったものの大きさや、積み重ねてしまった「何もしなかった時間」の残酷さが他人事とは思えなくて。

田中さん:そうですよね。私は独身ですが、40を過ぎると「もしあの時。。。」という後悔の一つや二つは誰にでもあるものです。彼がトラックに飛び込む瞬間の「やりなおせればな」という言葉。確か、初めて無職転生を読んだのは2013年だったかと記憶しているのですが、あれは若い頃に読むのと、人生の酸いも甘いも知った今読むのとでは、切実さが全く違います。

日吉さん:だからこそ、異世界で赤ん坊として目覚めた彼が「今度は本気で生きる」と誓うシーン。あそこが単なる設定説明ではなく、魂の叫びとして入ってくるんですよね。

田中さん:そのシーンがあって読者からすると「この作品はそれがテーマなのね」という心の準備をさせてくれましたね。

日吉さん:アニメしか観ていないとブリッジしながら姪の写真を見ながらしているという、かなりきわどい癖なんかは知りようもないから、「34歳住所不定無職」程度のクズ野郎という感じですけど。なかなか主人公はやばい奴なんですよね。

田中さん:どん底から上がっていくから、物語として面白味がある、というところですね。続けていきましょう、 本編第一話は両親であるパウロとゼニスの描写が始まります。パウロは決して完璧な人間ではないけれど、息子を愛そうとする不器用な情熱がある。私は彼らを「親戚のおじさん」のような目線で見守ってしまいますが、日吉さんさんはどう感じましたか?

日吉さん:パウロの「若さゆえの過ち」や軽さは、見ていてヒヤヒヤしますね(笑)。でも、彼が息子を抱きしめる温かさは本物です。また、リーリャ視点も秀逸でした。赤ん坊であるルディ(ルーデウス)に「痴性」や不気味さを感じる描写。親の理想だけでなく、周囲の冷ややかな視線も描くことで、物語に地に足の着いたリアリティが生まれています。

田中さん:小説版から読み始めて漫画、アニメと観ましたが、アニメで初めて「気味悪い子供の笑み」を実感できました。あんな感じでニタニタ笑う子供は気味が悪いですね(笑)

日吉さん:第三話「魔術教本」でルディが独学で魔法を習得していく過程、ここが特に好きなんです。彼は前世の失敗があるから、自分が「特別」だと思い上がらないように常に自分を律している。この「自己評価の低さを、努力で補おうとする姿勢」には、日々仕事で苦心する身として強く共感します。

田中さん:成長の過程が一番面白いですよね。無双しだすと少し面白さが無くなるのは、物語でもTVゲームでも感じるところです。そこで登場するロキシー先生が、また良い味を出しています。彼女はルディの才能に驚きつつも、自分を「師匠」と呼ばせることにためらいを感じる。自分を超えていく才能を目の当たりにした時の、あの少し複雑で、でも誇らしい感覚。ちなみに日吉さんさんはスピンオフ作品の「無職転生 ~ロキシーだって本気です~」は読みましたか?

日吉さん:いえ、まだ読んでいません。

田中さん:なら、ぜひ読んでみてください。ロキシーと師匠との関係性が描かれていますよ。話を戻して、ルディが卒業試験のためにロキシーと家の敷地外へ出ていくところですね。

日吉さん:ルディにとって最初の試練が訪れますね。魔術の腕前は上がっても、前世のトラウマから「家の敷地の外」へ出ることができない。私自身いじめられた経験や引きこもり経験もないので、そこまで強く実感ができるものではないですが、Xでは似たような辛い経験をした人は、見ていられないらしいです。

田中さん:私も似た経験があるわけではないですが、一度深く傷ついた人間にとって、他人の視線に晒される場所へ行くのは、それだけで死ぬほど勇気がいるんでしょうね。彼が玄関先で足が震えてしまうシーンは、「がんばれ」って声に出して応援したくなります。

日吉さん:そこを救ったのがロキシーでした。彼女はルディの恐怖を完璧に理解していたわけではないけれど、ただ当たり前のように彼を馬に乗せ、外の世界へ連れ出した。ルディが村人の視線を「嘲笑」ではなく「温かい挨拶」として上書きしていく過程は、何度読んでも救われる思いがします。

田中さん:良いシーンですよね。

田中さん:卒業試験でルディが放った聖級魔術を維持するために前世の知識を駆使するのも面白いところでしたが、それ以上にロキシーの引き際の美しさが印象的です。自分の教えられることを全て伝え、弟子の才能が自分を遥かに超えていることを認めた上で、さらなる研鑽を促す。

日吉さん:彼女は自分が万能ではないと自覚しているからこそ、誠実なんですよね。今の仕事でも、後輩を自分の型に嵌めようとする先輩は多いですが、彼女のように「外の世界を見なさい」と背中を押せる人は、本当の意味で尊敬に値します。ルディが彼女を生涯の「神」として崇めるのも、大人の視点で見れば必然に思えます。

田中さん:日吉さんさんはロキシー師匠を崇めてそんな先輩として振舞っているのですか?

日吉さん:私はサウロスじいさん派閥ですね、大声出しています。たぶん、職場では嫌われています(笑)

田中さん:ロキシーが去り、いよいよシルフィ(シルフィエット)が登場します。いじめられていた彼女をルディが助け、魔術を教えていくわけですが、ここでのルディには、少し「大人としての危うさ」が見え隠れしますね。

日吉さん:危うさというのは、脱がしちゃうすけべなところ?

田中さん:そこじゃないです(笑)シルフィを救って依存させ自分色に染めていく部分ですね。やり手のホスト、とか最近観た「地獄に落ちるわよ(細木数子女帝のNetflixドラマ)」のやくざ屋さんみたいな危うさです。

日吉さん:パウロとシルフィの父さんはその状況を危惧していましたね、意味がわかりました。

田中さん:シルフィが女の子だと判明する展開でパウロの「ウチの息子は完璧だと思っていたが、意外とバカなのかもしれない。」は結構好きなセリフです。

日吉さん:パウロからしたら、やっと子供らしい面が見えた、と安心したでしょうね。

田中さん:シルフィとの関係が深まるにつれ、二人が完全に「共依存」の形になっていく。ルディは彼女を自分色に染めることに悦びを感じ、シルフィはルディなしでは何もできなくなっていく。

日吉さん:パウロがルディを無理やり引き離す強硬手段に出たところですね。「なんて横暴な親父だ」と思いましたが、今読むと、パウロの必死さがわかる気がします。

ルディ自身、前世で「外の世界」から逃げ出した経験があるからこそ、一度手に入れた居心地の良い場所に執着してしまう。パウロはそれを本能的に察知して、荒療治を選んだんでしょうね。

田中さん:その「荒療治」の先で待っていたのが、あのギレーヌとの出会いです。

日吉さん:ギレーヌ、かっこいいですよね。でも、大人の視点で見ると、彼女もまた完璧ではない。剣の腕は超一流だけど、読み書き計算ができないという弱点がある。ギレーヌはデドルディア?アドルディア?

田中さん:ギレーヌはデドルディアで猫型ですね。アドルディアは犬型です。

日吉さん:ギレーヌ・デドルディアですね、いつもどちらかわからなくなります。パウロの手紙はすごく調子に乗っていて、緊張した空気を和らげる役割がありましたね。それなのに「5年間、一度も帰るな、連絡も取るな」という厳しい条件。その裏には、息子に自分以上の男になってほしいという、不器用な期待が詰まっている。

田中さん:でも、ルディはそこで文句を言うのではなく、パウロが用意してくれた「家庭教師兼家庭教師の補助」という複雑な立ち位置を、自分の新しい「仕事」として受け入れる。

日吉さん:前世の経験があるからこそ、彼は「チャンスを与えられること」の有り難さを知っているんですよね。次章ではエリスという、これまた一筋縄ではいかない強烈なキャラクターを前にして、ルディがどう「大人」として振る舞うのか。

田中さん:幼年期が終わり、次は、苛烈な嵐のようなお嬢様との格闘の日々を語ることになりそうです。

日吉さん:私もサウロスじいさん派閥として、エリスの暴れっぷりにはシンパシーを感じつつ(笑)、次回の対談も楽しみにしています。

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